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思い巡らすこと [その他いろいろ]

「百花為誰開」


尊敬する先生に教えていただいた言葉。
今回この言葉で自然に思い巡らしの時を持たせていただきました。
野に咲く花々。花屋に売られている花々。庭に咲く花々はもちろん。
自分自身の事。家族のこと。周りの人々のこと。
そして、神様のこと。

うちの小さなベランダにも春になり様々の花が咲き始めました。
娘が私の誕生日に毎年贈ってくれる勿忘草やマーガレットの苗が、今年も美しい花を咲かせています。

この小さな花は、誰のために開くのか。

街にはあちこちに野の花が咲き始めました。
明日には刈り取られるかもしれない草花です。
花を咲かせても実を実らせることはできないかもしれない。
ただ踏まれて枯れてしまうかもしれない。

この花々は誰のために開くのだろう。

罪深い迷いやすく愚かな弱い私は、63歳を迎えてどんな花として置かれているのだろう。
日々すぎていくこと毎に流されながら、痛みを痛みとして喜びを喜びとして、苦しみを苦しみとして感謝を感謝として、私の人生に取り込みながらどんな花を咲かせているのだろう。

その花は誰のために開いているのだろう。


白い花色鉛筆.JPG



思い巡らしは終わりません。
はっきりとした答えを出したくはありませんでした。
いろんな答えが心に浮かびましたが、きっとその思い巡らしの時が大切なのだと思いました。

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