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晴れの日 [今日の事]

今日はぴかぴかのお天気だった。


 昨日も一昨日も、なぜか一日中自転車で走り回っていた。とは言っても、月曜は父が家にいたので、出かけては戻りを繰り返したのだが…。

 昨日は、父の昼食の薬を、デイサービスの持ち物の中に入れるのを忘れて、お届けに行った。一旦帰ってから、郵便物を出しに行ったり、家賃を払いに行ったり、買い物に行ったり…。まとめて行けば良いのに、思い出すのが遅いんだよね。


 今日は、ハウスクリーニングが来て、浴室とエアコンが綺麗になった。嬉しい。そのあと往診のお医者さんが来られ、合わせてケアマネージャーが来られて一月の打ち合わせ。その合間に、浴室の壊れている換気扇の工事の打ち合わせの電話や、父の介護用品の点検日の確認の電話やらが続いた。なかなかに慌ただしい1日だった。


 朝から色々あって父の寝間着とタオルケットを洗濯しなくてはならなくなり、大物、厚物なのでお天気が良かったのは本当に嬉しかった。

 その合間にキッチンのレンジフードを綺麗に掃除する。金曜日に母が一時帰宅するので、なんとか間に合わせたかったのだ。


 夕食の買い物をし、家に帰って食事を作り家族を一緒に食べる。父の食事はその後だ。なかなか目覚めて咀嚼し飲み込むことが難しくなっているので、目が醒める時間を見定めるのが大切。


 一日の食事のカロリーを計算する。まあ、動かないで1日寝ているし、どれくらいの量が必要なのかわからないのだが、誤嚥性肺炎で入院して、初めの4、5日間絶食絶飲(もちろん点滴はしていたけれど)で過ごした父はそれでも少し痩せた。

 なんとか体力を維持してほしいなあ。


今日はクリスマスソングをBGMにして夕食を食べてもらった。さくさく噛んで飲み込む父に「ありがとう」と声をかける。食べられるということはなんと感謝なことだろう。食べている父を見られる私はなんて幸せなんだろう。

 寝支度を終えて電気を消し「おやすみなさい」と挨拶をする。明日はデイサービス。多くの人たちの中で、たくさんの楽しい刺激を受けて、愉快に過ごしてほしい。父は、何もわからないように見えるがきっとわかっている。

接する人の心を。

その愛を。

神様の憐れみを。

生かされている意味と人生の目的を。


秋の空2.JPG

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「待つこと」 [その他いろいろ]

私は、ずっとなんでも速やかに手際よくことを行うことを良しとして来た。

仕事が早い」と言われ、そのことを恥ずかしいことに誇りとしていた(笑)

仕事をするときには、頭の中で次のことを考え、その手順を想定し、どう動いたら能率的になし終えるかをいつも考えていた。


ここ数年、物事が速やかにはいかないこと、手際良くしようとしてもできない状態、とても能率的とは言えない方法を使わなくてはならないこと、次に何が起こるのかを想定できない状況の中で日々を送るようになり、自分としてはイライラするかと思いきや、これが・・・。

すき間の蜜柑.JPG

「待つこと」は次に至る出来事までの過程を、どのように過ごすかによって全く違うイメージが出来上がる。


待つこと」は自分のことだけ考えて入ればいいと思っている間違った思考を、周りの状況や周りの人々へと目線を変えて思いやる者へと私を変えてくれる。

「待つこと」は想像への世界が広がること。

「待つこと」は、愛を増してくれる。

「待つこと」は備えの大切さを教えてくれる。

たわわの柿.JPG

「待つこと」は私の忍耐力を鍛えて、謙遜を学ばせる。

「待つこと」によって、のちに起こる全てのことを受け入れようとする力をうちに与えられる。

「待つこと」は、その間の一瞬一瞬を楽しみ慈しむ思いを起こしてくれる。

浅瀬のハート.JPG

明日からアドベントに入る。

この闇に満ちた世界に、救い主は最も弱い赤子の姿をとっておいでになられた。

クリスマスを待ち望むこの季節は、喜びの季節であり待望の季節だ。


そして、この小さな私の日々にも、「待つこと」の重さと深さを教えてくれる季節だ。いつか栄光の主が来られる時を待ち望みつつ。


隙間の三日月

すき間の三日月.JPG

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長のお休み [家族の事]

長い長いお休み。

前回ブログを書いてから一体どれくらいの時間が経ったのだろう。

状況は大変化した。


母は退院のない入院生活に入った。

白血病と膀胱癌、どちらも手術も抗がん剤の治療もできない年齢と体力。

緩和病棟に入り、対処療法で過ごしている。

一人部屋では寂しいと言って大部屋に入ったが、ほかのベッドの方々は話すことも歩くことも出来ず、胃ろうして全て看護師の介護によっている。

母だけが、真っ白の顔をしながらよろよろと自力でトイレに行き、自分で食事をなんとか食べている。毎日尼崎の妹が顔を出し、洗濯物や必要なもののお世話をしている。私も訪ねては、昔話をしたり、窓の外を遠く飛ぶ飛行機の離着陸を一緒に見ては「健気で涙が出る」という母と笑いあう。


父は寝たきりで全介護の状態のままアパートに一人になる。

ということで、四人の姉妹が代わる代わる泊まり込みでお世話をしている。

それでも、週三回のデイサービスや、月一回か二回のショートステイに助けられている。父も、ショートに行ってはリハビリの余韻で帰ってからも足を動かしたり、覚醒して目を開けて受け答えをしっかりしたりして嬉しい。


夫が検診で心臓に問題があることがわかり、専門病院に行ってカテーテル検査をしたり薬が処方されたり。精密検査も進められて、難病指定が出るかもしれないなどと脅かされたが、とりあえずはそのまま。夫婦共々お互いに労わりあって(笑)過ごしている。

父の介護の間は、両親のアパートに泊まり込みになるので、夫は食器の洗い物、洗濯物など細々と自分からしてくれるようになった。

かつての私はその事が自分の怠惰のせいのようで耐えきれず(苦笑)無理をしても頑張って自分でやったものだが、いまは時間的にも体力的にも助けてもらわなくては出来ないことばかり。


そんなこんなでブログを書く時間もなかったし、書けなかった。


いつかこの時は過ぎて行き、懐かしく寂しく悲しく思い出す時が来る。

それは必ず来るのだ。


この日々をなぞりながら、涙を流す時も来るだろう。

だからこそ今を大切に過ごしたい。

かけがえのない時をそのように思いながら過ごしたいと思う。


関東の妹が来てくれて、北でのお仕事がある私たちを送り出してくれた。

幼い日の友人宅は朽ち果てて、主人の居場所もわからないが懐かしい花は咲く。

梨田さん跡地の紫のシロツメクサ.JPG

砕氷船の出る川の河口近く。暮れゆく秋の空を見上げる。

砕氷船の出発港.JPG
そして雁が渡って行くのだ。
網走 雁が渡る.JPG


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母が入院

 母が入院した。

 2年前から骨髄異形成症候群を患っており、毎週ネスプという腎性貧血の注射を受け、6月初めにはヘモグロビンの数値が限界を超えて低くなり、輸血も受けてきたがやはり病状は進行していた。


 先週改めて骨髄検査を受けたが、昨日結果が出て白血病発症の疑いがあることがわかり、白血球内部の芽球(未完成の白血球、腫瘍の様なもの)が発生しているために、抗がん剤に当たるビダーザという注射の治療を始めることになった。

 来月89歳の誕生日を迎える年齢としては、その様な治療を受けることが母のために良いのか悩んだが、4姉妹で相談し、母の気持ちを確認して治療を受けることにした。

 

 今朝、ばたばたと入院の支度をして、隣町の妹の車で出かけて行った。私は父がいるので、家に残り、今日は実家に泊まることにしている。寝たきりの父は、レビー小体型の認知症のため、母の病状のことも今回の入院のことも話しても理解できない様子。

 何年か前に母が、静脈瘤で緊急入院した時の父は大変だった事を思い出した。心配して心配して、疑心暗鬼になってしまって私たち娘の言葉さえ信じられず、不安で顔つきまで変わってしまった。

 よく理解できず、平安で過ごしている今の様子を見ると、これで良かったのかも知れないと思う。


 人生は始まった時から終わりに向かっているのだ。

 どの様に生きるのか。

 どの様に終わりを迎えるのか。

 私たちにはわからないことももちろんたくさんあるけど、終わりがくるのはわかっているのだから、心は備えて生きたい、と深く思わされた。

 

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移り変わるベランダ [今日の事]

今年初めの誕生日にいっちがくれた勿忘草の苗は、あっという間に大きくなって満開の花盛りを見せて、春の終わりとともに枯れていった。

その頃に、ゴーヤと紫蘇とスイートバジルを植え、ついでにわけぎを大量に植えた。ゴーヤも紫蘇もバジルもすくすくと育ち、わけぎは何度も根元から収穫して楽しんだ。さらに、わけぎが終わった頃に二本の胡瓜の苗をいただき、一番大きなプランターに植えた。こちらも、ゴーヤとともにネットを這い上って育ったのだが。


今年はもう梅雨に入り、それぞれがわやや。

紫蘇はいつものように虫にやられて、葉がレース状態。

ゴーヤは初めこそ勢いがあったのだが、次第にほそぼそとなり、花はつくのに一向に実が生らない。全く生らない。びっくりするほど生らない。

胡瓜の方はというと、大きな葉がたくさん出て、蔓が伸び、次々花が咲くが、こちらも一向に実がならない。肥やしをやっても、実がならなかったのだが、ついに一個!ちゃんと!胡瓜が!実った!大喜びで、出かけている夫に見てもらってから収穫しようと待っていた。

ところがである。

昨日は夜に至っても大風が吹いた。吹き荒れた。

今朝、ベランダに出て胡瓜を見てみるとないっ!!大きくなって立派な胡瓜だったのに、どこにもないっ!

家族みんなに聞いたが、誰も知らないという。

みんみは「大風で飛ばされたんじゃない?駐車場に落ちてるかも。」などという。

そんなことある?

家の中から呆然ときゅうりを見ていたら、大きなカラスがやってきて、繁々と胡瓜を観ている。カラス??いやいや。まさか。


今わかっていること。

幻だったかもしれないが、育った胡瓜はもうない。一個もない。ということ。

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梅雨だから仕方ないんだよ [想い出いろいろ]

 飛び飛びに続けている聖書の通読箇所が列王記に入り、読み進む中で鬱々としてくる。聖書にではなく、その記事にではなく、人の弱さと愚かさと罪深さと情けなさに…。我が身を省み、何千年経とうと人の本質は大きくは変わらない。本当に変わらない。


変わらないんだよなあ・・・・。


時は梅雨。

気圧も低いし、空も低い。

空気は重いし、体も重い。


この季節はそんな風に過ごすのがあっているのだろうなあ。


北海道に住んでいた頃、もう50年前だけれど、梅雨なんてなかった。

今は気候も変わり、梅雨のような季節があるのかな。


たまに夏の雨が降り、傘をさし、長靴を履いて、水溜りだらけのデコボコ道を歩く。

大きな水溜りがあると嬉しくて、わざわざ真ん中を通って行く。

水溜りの中の石は綺麗で、飽きずに眺めては目的地に着くのが遅くなっていた。

遅くなっている事にすら気がつかなかった。


あの頃に比べ、今の私はなんとせかせか生活している事よ。


変わってしまうことと変わらないこと。変わっていいことと変わってはならないこと。そんなことをのろのろと考えながら、答えが出ても出なくてもいいか…などと思い、はっと気がつく。答えを出すために考えているのではなく、考えるために考えている自分に。

ちゃんと答えを出せる自分よりも、ぐるぐるとのろのろと考えるために考えている自分がいいなあ〜なんて思ってしまう。


「ちゃんとしなくちゃ!」の私はだんだん年老いてきて「まあいいか〜」の自分に変わってきているのだな。


いいのかっ!?

いいのだ・・・・・。


ビーナスライン展望台6.JPG


いいなあ〜。



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!疲れた! [今日の事]

自分が還暦を迎えるときのことなんて、想像もしていなかった。

♩村の渡しの船頭さんは今年60のおじいさん♫

なんて、何の違和感もなく歌ってたしね。

そうよ。

まさか自分がその年になって、「おじいさんっ!!!?」と思うなんて想像もしなかったですよ!

自分にとっては60を過ぎたとしても、今日は昨日の続きなのよ。

ビーナスライン展望台7.JPG

とは言え、あちこちに不都合も出てくる。

記憶は衰える。

体力も衰える。

できていたことができなくなる。

無意識でしていることに驚く。(え?これやったの誰?てな感じ)


全ての人が経験していることなんだなと思う。

全ての年齢を重ねている人々が経験しているんだよ。言わないけど。

霧ヶ峰5.JPG

そのことをどのように受け止めていくか。

そこだよね。

もしかしたら、何かの症状が起きている兆候なのかもしれない。

も始まっているのかもしれない。(うわー)


年齢を重ねていって、自分がどうなるのかなんて誰にも予想はつかない。

今できていることが明日もできるとは誰も保証ができない。

自分でも思って安心していてはいけない。


ああ、全てを柔らかく柔軟にありのままに受け入れていくことができますように。

それでも神様の恵みは私に充分であると感謝することができますように。

あとで、この文章が恵みの証になりますように。

これからの人生がどのようであっても神様の恵みは充分!

穂高上条2.JPG

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取り留めもない事 [その他いろいろ]

五月だと言うのにこの暑さ。

私の周りのみんなも声を揃えて「夏はどないなるんや」と嘆いている。

今週に入り少し落ち着くみたいだけれど・・・。


気温の変化や習慣の変化によって、体調や精神的にも大きな影響を受ける。

還暦も過ぎて老いていく我が身の行く末を考えると、どのように与えられている人生の時間を過ごすか、人間関係を糾していくか、何をするべきであって何をするべきではないのか。備えと言うよりも現実問題として考えていかなくてはならない。今現在の生活とも無縁ではないのだな。これが。

手.jpg

今年3月からいきなり持病の数値が悪くなり、原因もわからず、毎回診察に行ってはがっくりして帰ってくる。どうしてなのか・・・何が悪いのか・・・何も変わっていないのに、何も変えていないはずなのに、なぜ数値が悪くなったのか・・・わからない。

原因がわからないって本当に身体にも心にも悪いねえ。

また6月の診察日が近づいてくる。

優しい看護師さんたちは慰めてくれるけど、数値は過酷で正直だ。

穂高上条1.JPG

昨日は奇跡の手の先生の整骨院に行き「いっったあーーーーい!!」と叫び声を上げてきた。隣のベッドにいたみんみは笑っていただろうよ。

痛いんだよ!!!!

筋肉が硬くなっていること(柔らかくするため鍼を打ち指圧する)

むくみが溜まっていること(老廃物がよく流れるようにマッサージする)

「リハビリしてくださいね」と優しい声で言われても、容赦ない指圧とマッサージの受けた後では、心の中で「い!や!だーーー!!!」と叫ぶしかない。

わかっているんだけど、施術の後にどんなに軽くて柔らかくなっていることか!

わかっているんだけどね。

日々の努力というものは、何であれ苦しく難しく成しがたいことですわ。

海の教会1.jpeg

とりあえず、今日の1日を喜んで過ごそう。


取り留めのないことに頭を悩ませながらそう思ったよ。

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振り返りの時間 [その他いろいろ]

黄色い薔薇3.JPG

月曜日に、年に二回、春と秋に集まる仲間たちの会があった。

それぞれ所属する団体は違うけれど、皆同じ立場で日々切磋琢磨している。

黄色い薔薇1.JPG

年にたった二回の集まりだけれど、私はどれほどこの日を楽しみにし待ち望んでいる事か・・・。また、仲間達もそうだと信じている。

今回は新しい参加者もあって、新しい展開もあった。


到着してすぐに、友人が入れてくれたハーブミルクティをいただく。これがっ!こんなに美味しいハーブミルクティは初めてで、もう一気に飲んでしまった。ああ、来て良かったと改めて思った。(美味しいものには弱いのだ。)


静まりの時を持つ前に、静かに時間をかけて深呼吸をするのだが、今回はこれが本当に苦しかった。深呼吸ができないのだ。びっくり。

浅い呼吸が続く。深く吐こうとすると苦しくなる。

静かに息を吸おうとすると苦しくなる。


どうしてなのか・・・。

とにかく、ゆっくり深呼吸をしようと頑張っているうちに時間だけがすぎていってしまったのだった。

ゆっくり考えてみようと思った。深呼吸ができないわけを。

小さいピンクの薔薇.JPG

さて、その後で、一人一人別れて座り、青空と咲き誇る薔薇と気持ちの良い風の中で、時間をかけて半年のふりかえりの時が与えられた。


そして、お昼をいただきながら分かち合いの時。


さらに、美味しいお飲み物と手作りの手作りとは思えない最高の和菓子と洋菓子(贅沢極まりない。嬉しい。)をいただきながら、コラージュの時間を持った。

作品ができるとそれぞれの発表と感想の時間を持つのだが、これが毎回毎回大爆笑炸裂なのだ。

こんなに悩みや痛みが深いのに・・・。

お互いのことをそんなに深くは知らないはずなのに・・・。

いろんな思いが錯綜しているコラージュなのに・・・。

涙あり笑いありで、あっという間にお時間となったのだった。

黄色い薔薇2.JPG

全ての点で満腹して帰途についた。

本当に感謝!そして幸せの時間だった。

ありがとうございました。

お庭に咲いていた薔薇が実に愛らしく美しかったです。

空の道唐崎.JPG


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じゃあね。 [家族の事]

 レント後半を捻挫の痛みと共に過ごし、喜びのイースターを迎え、あっという間に五月の連休に入ったが、相変わらず、世間はお休みと言ってもほぼ日々変わらずの生活。関東の妹たちに助けられて、少しゆっくりしたかな。


 結婚式に出席のために東京に行き、同じく出席したたかに一ヶ月ぶりに会う。式と感謝会が終わった後、優しいたかは、田舎から(笑)出て来た母さんに付き合って、帰りの新幹線までの時間を一緒に過ごしてくれた。カフェに入り、コーヒーを飲み、少し話をして駅の改札口で別れた。優しいハグをして。

手を回した背中は、肩甲骨がはっきりわかるくらい痩せていて、久しぶりに来たスーツはこんなに大きかったっけ?と思ったと言う。

 姿が見えなくなるまで見送ってくれたたかは、自分の生活に帰って行く。

私はいつも頑張ってなんでもないふりをする。泣いたら負担に思うだろうし、ベタベタしても嫌だろう。あれこれ世話を焼きたいけれど、始まったばかりのたかの一人の暮らしを邪魔したくはない。


 いつまでも翼の下にはいないのよね。

 やがては一人で飛び立って行くんだもの。

 ここで手を離さなければならないんだよね。

 居心地の良い巣から出ていかせなくてはならないんだね。


「じゃあね」と言う便利な言葉で別れるけれど、胸の中には言い表せない母の痛みが満ちている。きっと私の母も、そしてそのまた母も、独り立ちして行く子に同じ思いを抱いていたんだろうな。

 私の母は、改札口で帰って行く子を送った後はいつも泣きながら家路についたと言っていた。そんな思いが、子どもたちに重荷にならなくなる時まで、胸の中にしまっておかなくてはならないんだろうな。


空の道.JPG

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久ぶり〜〜 [その他いろいろ]

 長いお休みに関東の妹たちも帰ってきて、両親の家はたちまち賑やかになった。父のお世話をみんなでしてくれて、私は何もしなくても良い毎日を過ごした。といっても、実は理由があるのだった。


 4月8日の月曜日の朝に、大阪で会議を兼ねた感謝会があり、ホテルでの食事なのでスーツを着て家を出た。久しぶりにハイヒールを履いたんだもん、そりゃあ事故が起きても不思議ではない。

家の前の横断歩道で、自転車をこぎ出そうとしたところで転んだ。ひどく転んだ。そして、車道の真ん中で起き上がれなくなったまま両手両膝をつき、いわゆる土下座状態で固まってしまった。身体中が激しく痛み、左の膝に大きな丸い擦り傷ができ、右足は腰から下が動かなくなった。

 幸い車が来ていなかったのと、通りがかったおじさまがすぐに駆け寄って来てくださり「大丈夫かっ?立てるか?」と聞いてくださった。さらに「救急車呼ぼうか?」ともいってくださった。パニックになりながらそれだけは断り「すみませんがお手をお借りできますか?」ときいた。するとおじさまは「もちろん」と言って助け起こしてくださり、その間に止まった車から降りて来た青年が自転車を歩道に持って行ってくださった。おじさまの手を借りて(いや腕にすがってかな…あんまり覚えていない)自転車のところまで行き着き、助けてくださった方々にお礼を言って大丈夫ですからと言って行っていただいた。何と言っても家の前だ。

携帯で連絡して夫に助けに来てもらってなんとか帰った。

膝からは血が流れ、体の右側が痛んで歩けない。

すぐに奇跡の鍼灸整骨院に電話したら午後4時過ぎに予約が取れた。近くの整形外科でレントゲンを撮ってもらい、骨と靭帯には異常がないことを確認した。

 実は、その整形外科は、以前私の左手薬指の骨折に際して、継ぎ間違えたと言ってもう一度折ってもいいかと聞いたいわくつきの病院だ。そう言われた私は、血の気が引いて倒れそうになりながら「結構です!ピアノが聞けなくなっても、ペンを持てなくなっても、キーボードがうまく打てなくなっても、雑巾がしぼれれば、雑巾さえしぼれればそれでいいです!(健気[たらーっ(汗)][たらーっ(汗)][たらーっ(汗)])」と心の中で叫んで、継ぎなおしを下がった先生にお断りをして帰ったというなんだかわからない病院なのだ。思い出しただけで血の気が引く。でもその病院でレントゲンは撮影できる。ちなみに、左の薬指は、そのまま曲がってくっついてしまったのだが、ピアノも弾けるしキーボードも打てる。良かった。もちろん雑巾であろうがレモンであろうが、なんでも絞れる。ちゃんとしたグーはできなくなったけど…。


 奇跡の整骨院の先生は、私が待合室の椅子から立って診療室に入るのをじっと見ていた。そして「捻挫だけではないですねー。なんか色々ありますね、ふふふ(佐藤健か亀梨くんかあるいはDAIGOかというイケメンなのにサドっ気があるT先生)」

診ていただいた結果「左足首の捻挫、左太ももの肉離れ、そして左側の腰のぎっくり腰ですね、ふふふふ」とT先生は宣言した。(嬉しそう…)


 治療の間「ぎゃー!!!」とか「一ったーーーーいっ!」とか「いたっっっ!!いたっっっっっっ!!!」と私が叫び声をあげるたびに「痛いですね(ふふふふふ。注:小声)」と先生は静かに笑っていた。

 そうして3週間毎週治療に励んだ。痛かったよーーー。


今は動かさなかったのでむくみがあり、そのむくみの治療がまた死ぬほど痛い。あんまり痛いので、「ちゃんと運動しますからーー(勘弁してくださいーー小声)」というと先生は大笑いする。でもそのマッサージが終わると同じように触っても全く痛みがなくなるのが本当に不思議。事故?から4週間。ほぼ完治と言っていいでしょう。


自転車で走り出す前だったこと、車道の真ん中だったけど車が来ていなかったこと。親切で紳士な(私が手を貸してください、というまでしゃがみこんでそばにいてくれた)おじさまや車を降りて自転車を直してくれた青年がいたこと、骨も靭帯も痛めなかったこと。T先生の予約が取れたこと(いつも予約が一杯)心配して祈ってくれて、家のことも細々助けてくれた夫を始め家族たち。

ただただ感謝です。


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なわすれそ [想い出いろいろ]

わすれな草満開.JPG

私の痛いほどの懐かしい思い出のほとんどは、北国の小さな町の小さな教会で育った日々の中にある。

年子で三人の姉妹は、朝から夜寝床に入っても続くごっこ遊びと一歩外に出たら開ける自然の豊かさに夢中だった。

春に夏に秋に冬。いつもいつもどこにいても季節の贈り物に満ちていた世界。


白く閉ざされる冬は、どこまでも青く透き通っていた。

吹雪の日は1日家の中で、本を読んだりカルタをしたり、トランプで遊んだり、折り紙をしたり、母が教えてくれる冬の遊びは限りなく楽しかった。

やがて滴り落ちる雫の音で春が開けていく。

家の前の見渡す限りの(子どもだったからそう見えた)田んぼが耕されて水が入る。

どの道もどの場所も、溶けた雪でぐちゃぐちゃで、でも吹く風の匂いは新しい春が来ていることを教えてくれた。

やがて一斉にすべての花が咲き始めるともう夏は近い。

夏のトンボやカエルや様々に咲き乱れる花。

遠くに見える大雪山とその手前に見える北見富士。

短い夏はすぐに過ぎ去り、風に冷たさが混じり、やがて雪虫が飛ぶ。

家ではそろそろクリスマスの準備が始まる。

遠い札幌から、クリスマスグッズと教会用品と本をたくさん積んだ車がやってくると、夢中になってはこの中から出てくる品物に魅入った。綺麗なクリスマスカードはアメリカの匂いがしたし、表面に飾られているキラキラの模様は、本の中でしか知らない違う世界を思わせた。

夜、寝間着のままでそっと外に出て見ると、凍るような空気の中で静かに暖かく雪が降り積もっている。空を見上げていると、凍える手足のまま空に昇っていくようだ。

吹雪の日があり、日が差して目が開けられないほど雪が輝く日があり、静かに雪が積もっていく日があり、そうして少しずつ終わらないと思えるほど長い冬が通り過ぎていく。

冬には凍ってしまう武華川(無加川とも書く)が少しずつ動き始めて、やがてまた春がやってくる。

川岸に植わる柳の木は、春になると薄緑の優しい新芽をたくさん付ける。


そんな書ききれないほどの思い出の中心にその教会はたっていた。

私たちの家。

私たちの教会。


留辺教会.jpg
この春雪が消えたら解体される。
建てられて約60年。よく持ったほうだと思う。
もう人の住まない家は、残念だけれど荒れてしまう。
さようなら。三角の青い屋根。
さようなら。塔の上の十字架。
さようなら。小さな教会。
そしてありがとう、ありがとう、ありがとう。

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春なのにね、いや春だから。 [今日の事]

春がやってきた、大量の杉の花粉とともに。


街路樹は花芽を膨らませ、草には蕾がついて、もう花を咲かせている雪柳などを見かける。朝陽は柔らかに照り、気温は上がり、杉の雌花を膨らませ、風は温かくそよぎ花粉を遠くまで飛ばし、さらに撒き散らす。


こんなん書いてるだけでくしゃみが止まらない。

目も耳も鼻も痒いし痛い。


季節は巡り、過たずに飽きもせずに繰り返す。


人間ドックで引っかかり、2月の終わりに大腸内視鏡検査を受け、ポリープ二個の切除手術を受けた。

今日結果を聞きに行った来て、先生に「どうしてポリープができるんでしょう」とお聞きしたら「さあわかりませんねえ。どうしてガンができるのか、という問いの答えと同じくらいわかりませんねえ。」と少し物騒なお返事だった。

「うんと気をつけて生活していても体を悪くする人もいれば、暴飲暴食いい加減に生きていても元気で長生きする人もいるしねえ。神様に聞いて見ないとわかりませんねえ。」

…そうでっか。

…究極のお答えでした。


そして、今度は胃カメラを飲むことになった。

やれやれ。


還暦を過ぎると途端にあちこちにガタがくる。

そういうもんなの?

初めて経験する還暦だからわかんない。

…当たり前か…


今年の梅.JPG


とりあえず、歩けて、美味しく食事ができて、賛美が歌えて、お祈りができて、老眼だけど聖書が読めて…

感謝しましょう。そうしましょう。


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思いこみと決めつけ [その他いろいろ]

思い込みと決めつけ(こうでなくてはならないという思い)

年とともに融通がきかなくなってくる頭と心。


あかんなあ。

あかんと思うよ。


もっと自由に、柔らかくされたい。

松ぼっくりが一杯.JPG
いいじゃないの、こんなに実をつけても。
こんなの見たことないからびっくりしたけど、
お店ではないの.JPG
何をしたっていいじゃないの。
驚かないでよ、自分の家の壁だもの。
好きにさせてよ・・・って言ってるのかな。
待っていての変わらない信号.JPG
黙って立って待ってても変わらないものは変わらない。
どこででもいつでも自分の中の常識が通ると思ったら間違いよね。

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春よこいこい。 [その他いろいろ]

 一週間前に狭心症の発作を起こし、ニトロのスプレーを使った。前は錠剤の舌下錠で、発作が収まるのに30分以上かかることもあったけれど、発作が軽かったのかスプレーが効いたのか15分ほどで治った。

 前に発作を起こしたのは秋口だったかなあ。

空の道.JPG

 ここ数年春と秋あたりに狭心症の発作を起こすようになった。私の場合は「冠攣縮性狭心症」で、日本人にとても多いものらしい。

 初めて起こしたのはもう10年くらい前のこと。循環器のお医者さんに診察してもらって、舌下錠を出してもらって早10年。毎年毎年飽きもせず、発作を起こしてはお薬にお世話になっている。

寒くなったしねえ。

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まあ、でも、きっと。
春は近いよ。



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61回目の1月19日 [その他いろいろ]

誕生日の日に、1人で家にいると、ピンポーンと宅配があった。受け取ってみると、東京で一人暮らしを始めたたかからだった。開けてみると三びきのブタのぬいぐるみとカード。そう、私はなぜか子どもたちからブタのぬいぐるみをいただく。忘れないでくれたこと、本当に胸が痛くなるほど幸せを感じた。

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その日の夕方、仕事から帰ってきたみんみは、この頃手が荒れて悩んでいた私に、ちょっと良いクリームをプレゼントしてくれた。

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そして、いっちは、昨年大感激だった勿忘草の株を今年は6つもプレゼントしてくれて、早速ホクホクしながら植えた。寂しい冬のベランダも希望に溢れるところになった。

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誕生日の日に嘔吐して熱が38度を超え、本当に久しぶりに寝込んだ私は、二日間熱に苦しんだが、同時に思いがけない休息と感激の時を過ごした。

61歳の誕生日。新しい日々に感謝。

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あれから24年 [想い出いろいろ]

いつもと同じように夕方を迎えた。

日が沈んで食卓を囲み、賑やかに夕食を食べた。

その日は、大きな集まりがあったので、とても疲れていた。

お客さんたちを送り出し、みんなで後片付けをした。

昼食に出た赤だしのお味噌汁が残っていたので、うちの台所に大鍋をおいたままにしていた。


今日のように明日があり、いつもの朝を迎えるのだと何の疑いもなく休んだのだ。

いっちとみんみは二段ベッドの上と下に、まだ3歳だったたかは私たち夫婦の間に寝ていた。

静かな夜だった。


たぶん誰もがそう思っていた。

今日のように明日があり、そうして日々が繋がっていくのだと。


でも違った。

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あれから24年。
忘れる?そんなことはありえない。
忘れることなんか出来ない。
今も涙が溢れる。
あの日失われた人。
あの日失われたもの。
あの日から与えられた繋がり。
あの日から与えられたもの。
忘れない。

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明けまして・・・

クリスマスをあっという間に(いやいや色々あったけれども…いやっ本当に色々あった!)過ぎて行き、もうお正月も過ぎて世間は仕事始めの時期。

もっと色々ブログに書きたいこともあったのだけど、仕事始めに合わせて書き始めることにしよう。(色々言い訳)


・みことば栞:今年は240枚書いたけれども、うちの教会には160枚。ちょっと体力と気力に翳りが見えてきたか?結局足らずに、昨年や一昨年の残り物も足してお渡しすることができた。(いや良いのか?…良いのだ。)今年はやはり240枚作ろう。

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・クリスマス礼拝:思いがけないことが起きて、盛りだくさんの本当に贅沢な感激のクリスマス記念礼拝になった。この日、出会って15年祈り続けていた息子の小学校時代のPTA友達が洗礼を受けた。そして、計画したわけでも願ったわけでもないのに、その友達が洗礼を受ける決心をした10月にあった集まりの素晴らしいゲストが、私たちの教会のまさに洗礼を受けるその礼拝に来られて、演奏をしてくださった。さらに、その友達が、自分の友人を洗礼式礼拝に招いて、初めて教会に来られた方が多かった。それに加えて、教会のメンテナンス工事をしてくださった業者のご家族もふた家族来られた。当日礼拝受付が混雑しすぎて、いったい何人おいでになったのか記帳も確認できなかった。感謝感激。

・愛餐会:今年はスペシャルゲストがおいでになられたので、いつものようなくだけた出し物はせずに、クリスマスメドレーを演奏していただいて贅沢な時間を過ごすことができた。持ち寄りのご馳走も毎年豪華で、みなさんに感謝。

・愛餐会が終わるとすぐに片付けをして、ゲストをお送りし、聖歌隊のリハーサルをして慌ただしく駅のコンコースでのキャロリングに出かけた。でも、設営などの時間が足らず、管理の方々には本当にご迷惑をおかけすることになってしまったのだった。申し訳ないです。個人的にも、管理会社との交渉から聖歌隊の指揮、MC、ユニットのコーラスなど、一人ですることが多すぎて、全く申し訳ない。これはチームでするべきことなのだ。チームを作れないということが問題だな。私の場合。

・イヴの集い:十分リハーサルをすることができたので、スムーズに持つことができた。ただ、この数年同じプログラムで催しているので、今年は新しいプログラムも考えたい。これもチームを作らなくちゃ。

・一日置いて家族のクリスマス会。楽しく感謝な良い時を持つことができた。それぞれプレゼントも喜んでくれて嬉しい時だった。

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・年末年始のショートステイを予約することができなかった父は、ずっと家で過ごした。お風呂に入れていただけないので、看護師さんに体を拭いてもらったりした。関東の妹たちが帰ってきて、父の世話をしてくれたので、私は食事作りもお願いしてとても楽をさせていただいた。感謝。
・元旦礼拝:一年を神様の前に礼拝を捧げて始められるという恵みは、本当に嬉しい。懐かしい方がおいでになったりして、幸せな時を過ごした。
・2日は夫の実家での新年食事会。恒例の鍋で13名がワイワイと楽しく過ごした。
・3日は私の実家での新年食事会。こちらは関東組が美味しい食事を用意してくれて、賛美を捧げ心を合わせて祈る時をもった。
・第一主日は礼拝後恒例の教会お鍋の会。小さな子どもたちから若者も大人もお年寄りもそれぞれのテーブルでお鍋を囲んで、賛美を歌いいろいろな出し物を見たり聞いたりして、大笑いの時感動の時をもった。
 
そして、一番大きな出来事。
たかが東京で暮らすことになった。たかは一人で部屋で荷物の整理をしていた。
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そして、昨日夜行バスで出かけて行った。本当は昨年の11月頃に行く予定だったのだが、いい部屋が見つからず新年早々の出発になった。私は、その日が近づいてきて夜寝られない時もあったし、きっと泣いてしまうだろうなと考えただけで涙が出てきたりしていたけれど、いざ部屋を片付け、荷物を作って発送し、昨日家族で食事をし、たかを家から送り出した時も涙は出なかった。こんなに胸が痛いのにね。
これからかな。
今日は夫と二人でたかの部屋の大掃除をした。
27歳のチャレンジ。
頑張れ。祈ってるね。

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何が正しいのか [その他いろいろ]

 これが正しい、あれが悪いというその口に、本当の正しさがあるのか。判断を下すための本当の価値を知っているのか。そのように思うのは人それぞれの勝手(笑)だけれど、こうあるべきと言った途端に、一つの律法を生み出してしまう恐ろしさがある。

 それなのに、心の中で密やかに「こうあるべきなのに」と断罪してしまう愚かさ。人の心はどこまでも底なしに深いなあ。

 


自分のことです。悲しいです。


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寒くなってきたーーーー。

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躑躅 [家族の事]

そうだった。

それで、祖父の大事にしていたツツジ(蝦夷ツツジ?)の写真をアップしようと思ってたんだった。残念ながら、関西に持ち込んだら、夏を越すことができず・・・気候のせいなのか枯れてしまった。

返す返すも口惜しい。

おじいちゃん、ごめんね。


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祖父母のこと [家族の事]

 母方の祖父は奈良で生まれた。祖父の父親の名前は「奈良一」……うん、わかりやすいな。祖父は、十代で、北海道の寺子屋の先生として開拓に加わった父親に連れられて、上川あたりに住むようになった。奈良一さんは学識深く、本当になんでもできる人であったと私の母は思い出話に話してくれた。

 一方早くに亡くなった母親は、座ってゆっくりしている姿を見たことがないというくらいの働き者だったらしい。食事も、仕事の合間に一人、お勝手で膝をついてかきこむようにして食べていた記憶があると話していた。


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 過酷な北海道の冬をいくつか越して、父親や妹や弟たちと生活する基盤を固めるために祖父は三井物産に就職した。奈良一おじいさんは道楽者で放蕩者でもあったらしく、のちに年老いたその奈良一おじいさんを祖父が引き取った時には、兄弟親戚の人たちが「信じられない。あのおじいさんを引き取るとは、あり得ないことだ。」と言ったとか言わなかったとか。それくらい、祖父は父親に苦労し、また苦労している母親の姿を見て来たのだろう。祖父は父親を好きでいたとは思えない。

 祖母と結婚して、勤めも忙しくなり、祖父は北海道中を転勤して回った。釧路(ここで私の母が生まれた)帯広、樺太、浜頓別、そして最後に留辺蘂。出張が多く、たまにしか帰ってこない夫を見て近所の人たちが、祖母のことを正式な妻ではないと噂していたらしい。祖母は渚滑の出身で、若い頃にミス渚滑と言われたほどの美人で、天然の明るい面白い祖母だった。

この祖母が救世軍の教会で信仰を持ち、私たち家族もまたクリスチャンへと導かれたのだ。

 祖父母は年老いて、住み慣れた北海道を離れ、埼玉の叔父のところに住んでいたが、やがて山形県米沢市に住んでいた長女である母の元に住むようになり、そこで最後を迎えた。

 病で手術を受けた後、祖父は突然亡くなった、残された祖母は寂しさが募り、無理をして北海道の家族を訪問することにした。初めての飛行機の旅であった。空の上から懐かしい北海道を見ながら、祖母は声を出して泣いたと言う。


 祖父母のことを思い出すとき、私の心には「故郷」と言う言葉が思い浮かぶ。ありふれた言葉だと思うけれど、生まれ育ったところ、懐かしいところ、家族、遠くにあって思うもの…。人それぞれ、色々だろうけれど。


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モミの香りと紅玉 [想い出いろいろ]

久しぶりの昔話。

…でも、秋になると昔話がよく出てくるなあ。ま、いいか。

 北海道の短い夏が過ぎると、秋の気配もあっという間で「ほとんど冬」という季節がやってくる。雪虫が飛び、遠くの山の頂が白くなる頃だ。

 家々では冬の支度に追われ、うちだって窓のビニールの覆いをかけたり、毎日毎日薪割りをして家の外壁に積んで行く。夏でも出しっ放しだったストーブの煙突を掃除し、つなぎ目を確かめていつでも使えるようにしておくっていうか、もう使い始める。

 家の中では、布団を変え、衣を変える。夏に着たおとっときの半袖もひらひらのスカートも(ああ、懐かしい!綺麗な茶色のふんわり袖のブラウスとクリーム色のプリーツのスカート!)タンスの中で長い眠りにつくのだ。代わりに分厚いセーターと分厚いズボン、分厚い靴下、ジャンパーとマフラーと手袋と帽子が出てくる。靴だって、可愛いサンダルからごつい冬靴に変わる。でも、思い出して見たら、子供の頃はいつも長靴だったなあ。スキーだって、長靴にゴムを引っ掛けて履くスキーやったなあ。……古っ!!

 なんとも言えない寂しく暗い空と冷たい風がやって来て、町も山も川も、私たちさえも茶色と灰色に変えて行く。

 

でも、その季節に父の実家からリンゴやミカンや柿が送られてくるのだ。父の実家は、その頃まだ果樹園をしていたので、りんごも大きな木箱のモミの中に、紅玉やゴールデンデリシャスや王林がいっぱい入って送られてくるのだ。本当に楽しみだった。父が釘抜きを持って来て箱を開けると、なんとも言えない香ばしい香りがして、一面のモミをそっとかき分けると真っ赤な紅玉が顔を出す。誇らしげな父が、早速そのリンゴを磨いて、ナイフで一口ずつ切って私たち子どもの口に入れてくれる。甘酸っぱくて香り高いその味は、今でも忘れられない。

短い秋は、紅玉の香りと味とともにやって来て過ぎて行くのだ。


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Hallelujah! What a Savior. [その他いろいろ]

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Thank you, Lord.

Thank you, for loving us with an everlasting love.

Thank you,father,that you showed this love to us while we were still lost.

Thank you for sending  Jesus to die in our place.

Thank you for the assurance that all things will work together for good for those that love you and are called according to your purpose.

Thank you for the promise that nothing past, present, or future will ever separate us from your love.

And we rejoice in the knowledge that you are indeed on our side.

Reveal your truth and power in and through us as we lift high the name of Jesus and sing his praises in all the earth!

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紫蘇と蜜蜂と雨と [今日の事]

ベランダの紫蘇の花に、ミツバチが次々とやってくる。

紫蘇の花の蜂蜜はどんな味なのかなあ。


現在うちのベランダに咲いているのは紫蘇の花だけ。


この10月は一年で一番忙しく慌ただしく悩ましい感謝な月なのだ。一年をかけて準備する大きな大きな集まりが、今年も思いがけず2日続きになり、そりゃあもう……。もう…何だろう。

とにかく、終わった。事後処理がまだまだ残っているけれど。


ベランダを忘れて、忙しく過ごしていたけど、適当に雨が降ってくれて良かったよ。感謝。出かけるのに雨は厄介だけど、ベランダには本当に恵みの雨だね。

私は雨が好き。

雨の音も、雨の匂いも、雨が降っている景色も、雨の中を歩くのも。

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雨は遠い昔の思い出と一緒にやってくる。

どうしてかなあ。


ゆっくりと雨の景色を眺めながら過ごしたいなあ。

ゆっくりと

ゆっくりと

雨の音を聞きながら。



あれ?

私疲れているのかも。

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約束 [その他いろいろ]

 どんなことがあっても、いつも心が平安でいられたらどんなに幸せだろう。人には色々な価値観があって、一体何が幸せなのかなんてわからないけれど、心が平らで安心してられるということはやっぱり幸せなんだろうな。

 台風が来たり、地震があったり、様々な恐ろしい事件や脅かされるニュースに満ちている世界の中で、小さな優しい涼しい風にほっとしたり、雲の間から差し込む光に頬が緩んだり、道端に咲くありふれた花に足を止めたり、人と人との繋がりに温かさや優しさを見つけて、思わず胸が熱くなったり…。

 目に見ることはできないけれども、何より確かなものに心を寄せる。

いや、目に見えないからこそ確かなものなのかもしれない。その確かなものは、時間や環境や状況では変わることがない。そう、約束は変わらない。

 

 神様の約束と愛と憐れみの中に住んでいるから。

 死も恐れることはない。いのちを与え、そして取られるのは主だから。

 

自覚しないうちに心に積み重なっていく疲れや重荷を、知ってくださって労わってくださる神様に心から感謝する。休息の時を感謝して取ること。手を離す時を恐れないで持つこと。もう一度戻ってくるために。


 「いつも主にあって喜びなさい。」

そして

 「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、

  感謝を持ってささげる祈りと願いによって、

  あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

  そうすれば、

  全ての理解を超えた神の平安が、

  あなたがたの心と思いを

  キリスト・イエスにあって守ってくれます。」


 思い煩うことが大好きな(笑)私だけれど、手を離して神様に祈ること、委ねること、声にして知っていただくこと。

 そして、手放した思い煩いを取り戻さないこと。そうでしょ?


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懐かしい本たち [想い出いろいろ]

想定外のことが起こっても、その時に的確に最善と思える対応をしていくこと。

切り替えスイッチと呼ばれたあの「ペリー・ローダン」に憧れていた中学校時代のこと。ローダンシリーズにハマって(まだ第3巻が出たての頃。「No3.ミュータント部隊」という題に惹かれて購入・・・そして・・・)大変な事になったけど、流石に神学校に行く事になってからは追いかける(笑)のを断念した。その時に断念したり、手放したりしたものはそりゃあたくさんある。惜しいと思ったことはないけれど、あんなに夢中になっていたその時代の自分のことをどう思うかっていうと・・・楽しかったなあ。楽しんでいたなあ。いろんな意味で自由の時代かな。


今はもっと夢中になることがあるのだから、その頃のことを懐かしいと思うけれど、「もう一度」とは思わない。


先日も妹と「新人物往来社」の本の話になった。本当に夢中になって購入して読んだなあ。一体何冊持っていただろう。お小遣いのほぼ全てを本に使っていたなあ。記憶力も最高の頃である。その事について話し始めたら、何時間経っても終わらない。


あれみんなどこにいったのかなあ。本も記憶も・・・。

遠い空の彼方かなあ(笑)


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このところの毎日は… [今日の事]

朝晩の気温の差が大きくなってきた。

そういえば朝起きた時に、あまり汗をかいていないなあ、と思ったらもう秋だ。

でも、なかなか秋晴れの日がない。毎日毎日雨が降る。プランターの野菜に水をやる必要がなくて楽をしているけど、なんだかなあ。

ゴーヤが終わり、エゴマもサラダ菜も終わってしまった。(本当は枯らしてしまった。だってー暑かったんだもの……)

空いたところに何かを植えたい。コスモスとか?


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毎日変わることなく父の世話をさせていただいてる。

朝、まずはスムージーを飲む。その後デイサービスに出かける日はアテントを替えて寝衣から洋服に着替える。寝たきりの父を着替えさせるのにも慣れてきたけれど、前ボタンの服は毎回きつくて腕を通すのが難しい。着替えたら車椅子に移乗して居間に行きヨーグルト(母が作ったヨーグルトに甘酒を入れ炊いた黒豆を入れ、その上に玄米フレークを乗せるという高級朝御飯)を食べてもらい、薬を飲んで喘息の吸入をして、髭を剃り顔を拭き、その後頭を拭いて櫛を入れる。

朝ドラは欠かせないので(笑)その時間までには着替えを済まして居間に移れるように頑張る(頑張る目的がなんだか違うような気もするけど…まあいいや)

眼鏡をかけて、今はマスクをしてお出かけの時間がやってくる。

父は大きな人で、車椅子も大きい。移動はなかなか…なかなか大変だ。そして重い。毎回お迎えに来てくださるデイの介護士さんも、車に乗り換えるのはいつも大変だ。でも、たくさんの人がいるところで刺激を受け、楽しいことを見たり聞いたりやって見たり(してるかどうかは怪しい…多分きっといつもほとんど目をつぶったままだろうと思われる)そうしてシャワー浴を介助していただいて帰ってくる。

毎回嫌がらずに行ってくれるのは、わがままを言わない父らしいといえばらしいけれど、きっと何か楽しみもあるのだと思いたい。

デイサービスから帰ってくると居間に行き、しばらくそこで過ごすが、すぐにベットに行きたがる。まあ1日中座ったままでいると、疲れるのだろう。できたら夕食までは座っていて、居間で母と食事を取れるといいのだけれど。

今日は頑張ってそのまま食卓に座っていて、一緒に夕食を食べた。両親の分は早い時間に作って持っていくのだが、父の食事の介助は1時間以上かかる。それから着替えて車椅子からベッドに移乗し、着替えて寝支度が終わるともっと時間がかかってしまう。うちでは食事を待っていてもらうか、早めに一緒に作ってしまって食べていてもらうことも多い。とにかく気持ちが焦っていては、すぐに父に気付かれてしまう。それは本当にすごいなあと思うよ。わかるんだよねえ。

全て終わって今日は、少しベッドを起こしておいた。

「お父さん。寝ますか?それともこのまま起こして起きますか?」

もう一度「起こして起きましょうか」

小さく何度もうなづいた。

それで、そのままにしてあとは母に任せて帰ることにした。

今日の夕食はいただいた秋刀魚を焼きました。

うちのぬか漬けはなかなか美味しいよ。父は大好きみたいで嬉しい。


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母の米寿 [家族の事]


九月はいっちとみんみとたかの誕生日の月。

そして、私の母の誕生月でもある。

今年母は88歳になった。米寿である。めでたいことだ。

色々厄介な病を持っている母だが、毎日父の介護を共にしながらも、細々した家事も毎日の生活も守られて過ごせていることに感謝。

相変わらず可愛い母である。一言で可愛いと言っても、実にいろんな意味があるけど…(笑)


母の誕生日を機に関東の妹たちも集まり、お祝いの食事会をした。

一番下の妹が、米寿のお祝いの色は黄色だということで、大きな盛り花を送ってくれた。とっても素敵だ。

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父は起きて一緒に食卓につくことはできなかったが、居間で話し声や笑い声が響いていることを喜んでいた。
考えてみたら、昔から女ばかりの家族の中で、父は寡黙…にならざる得なかった?いや、もともと静かな人だった。実に中身は強い人であるが、普段はいつも穏やかで丁寧で静かな人だ。曲がったことが嫌いで、きちんとしていないことが嫌いで、「まあまあ」ということを納得できず、苦しい思いをしたこともあっただろうと思う。
高校を卒業して、神学校に入り、二十歳すぎで牧師として働き始めた。
世間を知らないという人もいるけれど、多分父は世間を知っても本質は変わらなかっただろうと思う。そういう人だ。
秋晴れの良い日に、車椅子の父と母と、父の好きな小さな花々を見に行けたらいいな、と思う、本当に。

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台風とおはぎ [その他いろいろ]

今朝は涼しい風が吹いている。

確かに季節が移りゆく空の色をしている。

久しぶりの晴れ間に洗濯物をいっぱい干すとなんと気持ちの良いことか。


先週は台風と地震の一週間だった。

台風はよく通るものの、昼間の直撃は初めてかなぁ。


すごい風だったけど、まさか停電になるとは夢にも思わず、誕生日のみんみがおはぎをご所望だったので、小豆を水につけていた。水につけて二時間後、停電ですわ。


まあ昼間だったので、困ったのは冷房と冷蔵庫。冷蔵庫は十時間ぐらいは開けないで置いたらなんとか中身は持つだろうと思った。

でも、冷房が切れたのには参った。もちろん暴風域だから窓は開けられない。

幸いガスは付いていたので暑さのこもる中で小豆を煮なくてはならない。このまま置いておいたら硬くなってしまう。仕方がない。

家族にブーブー言われながら煮る!暑さ倍増[たらーっ(汗)][たらーっ(汗)][たらーっ(汗)]


夜になり停電は解消できず、ろうそくをつける。

台風が来るということで、いっちは会社がとってくれたホテルで二泊の予定で朝から出かけた。たかはなぜか友達と一泊の予定で出かけていた。
なに、二人とも・・・。

でも後で考えると、この暑いのに、水も出ないのに、トイレも使えないのに五人も家の中にいたら大変なことだったかも。


夕方には風も雨もすっかり治ったので、食事は外ですることにした。外に出てみると、うちのある一区域のみの停電で、一つ筋を過ぎると電気がついていた。ほとんどのお店は台風のために臨時休業が多かったのに、一軒だけ空いていたので、早速入って美味しくいただいた。

帰り道、一本の道を挟んで明るく灯の付いている町と、真っ暗な町がとってもとっても不思議だった。

家に帰ってキャンドル(・・・いや、台風で停電の時はローソクやな)をつけて、何もすることがない。寝るしかない。

停電.JPG


夜中の3時頃、突然電気がついてエアコンがついてテレビがついた。明日までは無理かな、と思っていたのに、この夜中に工事してくださっていたのね…。関電さん。本当に感謝します。

隣の町の妹のところは四日間停電だったそうな。


そんなわけで次の日におはぎ作りました。

…そんなわけ?


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ゴマときな粉は中にあんこが入ってるよ。

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ありのまま [その他いろいろ]

以前に、アスファルトの隙間から芽を出して育った大根を「根性大根」などと呼んでテレビが放送していたことがある。

おそらく日本全国どこでもそういこと植物を見かけることはあるに違いない。

私の住んでいる地域でも、コンクリートやレンガなどの隙間から芽を出す植物はありふれている。


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コンクリートの隙間から.JPG
みていると、根性やないなあ、これは。
根性で芽を出し、葉を伸ばし、花を咲かせているわけではないよ。
そう思う。
種に命があるなら、光を求めて伸びるのは自然。そして、隙間に沿って茎を伸ばし葉を出して、空気と光を求めて花を咲かせる。柔軟に、鷹揚に、自然に、ありのままに、いのちのままに。
そんな風に置かれたところで生きていくことが、自然でありのままで受け入れていける者に、私もなりたいな。

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