失敗すること [想い出いろいろ]
「ちゃんとしなさい。」「きちんとしなさい。」が
私の成長過程での鉄板のルールだったので
私はいつも不安で一杯で、失敗することをそれはそれは恐れていた。
少しおとなになってくると
学校でも生活でもきちんとできない自分にイライラし
きちんとできない他人にイライラしていた。
自分が失敗することを恐れ、他人が失敗することを許せず
全く鼻持ちならない人間だったと
顧みてつくづく情けなく、また可哀想な自分に
心が痛む。
さて、子どもを育ててみて思うこと。
小さな失敗をたくさん経験することの大切さを教え
失敗が失敗に終わらないで、成長に繋がる素晴らしさを示す。
失敗することを責めることなく
許して励まして、前に進むことを促すこと。
今になってもなお、人はそうして成長して行くのだと思う。
神様は、私が失敗しやすく間違えやすいことをよく知っておられる。
でも、そういう私であることに、神様は失望されない。
失敗を重ねても、間違ったことをしても
それを赦して励まして、前に進むことを導いてくださる。
今になってもなお、私はそうして成熟して行くのだと思う。
駄目な自分を受け入れることは
それでも愛してくださる神様を信じることなのだなあ。
失敗しても恐れないで前に進むことは
赦してあきらめない神様に信頼することなのだなあ。
2017-06-14 23:58
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