今日の静まり [今日の事]
神様が見ておられるように自分を見ることが、どんなに難しいことか。
自分で見ている自分は、まったく鼻持ちならない存在だ。
失敗ばかりで、何をやっても中途半端。
怠け者で、意地悪で、誘惑に弱く、意志も弱い。
知識はもっているが底が浅いから役には立たない。
不器用でその場しのぎの働きばかり。
許すこと愛することに乏しいので、うわべだけの自分の姿に悲しみがつのる。
考えなしに始めては、終わりまで続けることができない。
あ、それが中途半端と言うこと。
こうして年をとって行くのかと思うと、ひたすら回りの人々に申し訳ない限りだ。
そして、落ち込んだり、沈んだりすることさえ高慢や自信過剰から来ているのだと思えば、ありのままの自分を改めて見つめてはため息が出るばかり。
細々したことで日を重ね時を重ねて
やがて最後の時に私は何を思うんだろう。
神様の愛を知らなかったら、生きては行けない。
神様が私をどう見ていてくださっているのか
お声を聞くことはできないけれども
今お聞きすることはできないけれども
み言葉は生きていて力がある。
「しかし、主は
『わたしの恵みは、あなたに十分である。
と言うのは、わたしの力は
弱さのうちに完全に現れるからである。』
と言われたのです。
ですから、私は、
キリストの力が私をおおうために
むしろ大いに喜んで
私の弱さを誇りましょう。」
第二コリント12:9
2017-06-06 12:11
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